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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)1463号 判決 1969年10月31日

原告 大内もと

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 小山斉

右三名訴訟復代理人弁護士 戸田喬康

被告 愛知県

右代表者県知事 桑原幹根

右訴訟代理人弁護士 花村美樹

被告指定代理人 片山和夫

<ほか六名>

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立て

一、原告ら

被告は原告大内もとに対し金四、六一六、〇〇〇円、原告井上サナ江に対し金六一六、八〇〇円、原告伊東礼子に対し金一〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四〇年二月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二、被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、請求の原因

一、原告井上サナ江、同伊東礼子(旧姓古賀)、訴外大内三千代らは、昭和四〇年二月一五日午後五時一〇分ごろ名古屋市北区萩野通一丁目三八番地、飲食店(下野志げ経営)内において飲食中、訴外西野貞一にライフル銃を発砲され、訴外大内三千代は右胸部貫通銃創、右肺動脈損傷、第五胸椎粉砕骨折の傷害を負い、同日午後九時三六分死亡し、原告井上サナ江は加療約四か月を要する左胸部貫通銃創、肺損傷、胸腔内出血の傷害を負い、原告伊東礼子は加療約二週間を要する右前膊、顔面挫創の傷害を負った。

二、訴外西野貞一は前記死傷事件を起こした当時精神分裂症であった。そのため殺人等被疑事件については精神病による心神喪失を理由に不起訴処分となった。

三、愛知県公安委員会は銃砲刀剣類所持等取締法(以上法という。)に基づく銃砲所持の許可に関する事務を行ない、その処理は愛知県公安委員会事務専決規程、愛知県警察事務専決規程により各警察署長に委任され、警察署長は申請者につき調査し、これをもとに愛知県公安委員会が銃砲刀剣類の所持を許可しているものである。

四、訴外西野貞一は次のとおり愛知県公安委員会から銃砲の所持が許可された。右許可に関する調査等の事務取扱いをしたのはいずれも愛知県北警察署長である。

(一)  散弾銃所持許可 昭和三九年九月二八日許可申請書提出、同年一〇月一九日許可証の交付、確認

(二)  ライフル銃所持許可 同年一一月一九日許可申請書提出、同年一二月一二日許可証の交付、同月二二日確認

五、法第五条は許可基準を定め、そのうち次の者に対しては許可してはならないと規定している。

(一)  精神病者または心神耗弱者(第一項第二号)

(二)  他人の生命もしくは財産または公共の安全を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者(第一項第六号)

六  訴外西野は昭和三二、三年ごろ精神分裂症を発病し、前記銃砲の所持許可申請当時において強度の精神分裂病者であった。そのことは次の諸事情から十分うかがえるものである。

(一)  昭和三七年一一月ごろから不眠症にかかりアトラキシンを飲むようになり、本件の事故を起こした昭和四〇年二月まで常用していた。

(二)  昭和三九年五月二〇日同僚が気違い扱いをするといって勤務先の○○○を妻にも相談せず退職した。

(三)  昭和三九年七月には三回にわたり○○県立大学附属病院精神神経科で診察治療を受け、その際医師から入院加療をすすめられた。

(四)  西野は突然一方的に離婚するといい出し、昭和三九年九月八日訴外小野京子と離婚した。

(五)  西野は昭和三九年九月一一日名古屋市○区○○○の映画館○○○○に住込みで勤めたが、実父の訴外西野新一は日曜日ごとに息子を訪れ、病状を確かめていた。

したがって西野貞一は前記銃砲所持許可の当時法五条一項二号の「精神病者」にも「心神耗弱者」にも該当するし、同項六号の「他人の生命もしくは財産または公共の安全を害するおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者」にも該当する欠格者であった。

七、しかるに愛知県公安委員会は欠格者である右西野に対しその調査を十分なさずに銃砲の所持を許可したもので、その許可については同委員会に過失があった。

(一)  銃砲所持の許可にあたり北警察署長のなした調査は次のとおりである。

(散弾銃の許可)

1 西野から北警察署係官がなした事情聴取(履歴、銃の保管場所について)

2 西野に関する本籍地大阪浪速警察署長からの身許調査回答

その内容は次のとおりである。

本籍、氏名、生年月日(照会書のとおり)性質、素行、経歴の概要は不明

大阪府内では犯歴等全然見あたらないことから法五条各項に該当するものではない。

同居の親族は見あたらない。

西野は妻と協議離婚しているが子供の出生届には○○県○○郡○○町○○○○番地となっているので子供の出生時(昭和三八年四月二七日)にはここに住んでいたものと思われる。

3 北警察署係官がなした西野の勤先の旗健二、成田俊三、安藤鉦作からの事情聴取(西野の勤務と行動について)

(ライフル銃の許可)

1 西野から北警察署係官がなした事情聴取(免許証の呈示と確認)

2 北警察署係官がなした西野の勤先の安藤鉦作からの事情聴取(西野の勤務と行動について)

(二)  西野に対する銃砲所持の許可にあたり北警察署係官の行なった右各調査は形式的でずさんであり、調査義務をつくしていない。

1 二回にわたる西野からの事情聴取は形式的な経歴、銃の保管場所、運転免許証の確認にとどまり、職歴、病歴、生活状況、常用する薬、性格等についての調査を怠っている。その結果法五条一項各号につき判断の資料とすべき実質的な事項については調査していない。転職の事情、アトラキシンの常用、給料の低さと銃砲の所持等について配慮すれば西野の異常さを知ることができ、しかも映画館の一室に起居する状況からすれば銃の保管場所につきもっと調査すべきであったにもかかわらずこれを怠っている。

2 大阪浪速警察署長の身許調査回答も形式的であって、犯歴がないことと子供の出生地を知りうるのみであり、西野の経歴、素行等を知るための資料としては役立たず、法五条一項各号の判断資料たりえない。ライフル銃の許可に際してはこの調査すらしていない。

3 住居地、勤先からの事情聴取も勤先の取締役、支配人等から聞いたもので、全く形式的で、一緒に働いている者などからの事情聴取をしておらず、判断の資料をえていない。しかもライフル銃の許可については支配人から聞いているにとどまっている。

4 前住地における離婚した妻からの事情聴取、両親からの経歴、素行、病歴、性格等について事情を調査していない。

5 当時は銃砲等の所持許可申請に専門医の診断書の添付を要しなかったとしても、専門的知識を有しない警察官が申請人に面接したときの印象、状況のみに頼っていたことは重大な過失であり、診断書あるいはこれに代わりうる資料を求めるべきであった。

八、銃砲所持の許可後においても十分注意し、欠格事由が存すると疑われるときは、愛知県公安委員会は銃を仮領置しうるが、その事態にありながら同委員会はこれを行なっていない。この点において同委員会に過失がある。すなわち、

(一)  西野は昭和四〇年二月四日当時銃二丁を名鉄神宮前駅の荷物一時預り所へ預けていたところ、同日熱田警察署員に発見されたが、公安委員会は銃の保管場所として全く異常であるにもかかわらず仮領置等の措置をとらなかった。

(二)  公安委員会は右事実を知った際、その異常さに不審をいだき、銃の保管等につき西野を再調査し、監督すべきであったのにその監督義務を果たしていない。

九、公安委員会が西野に対し、銃砲所持の許可をしたこと、および仮領置をしなかったことと、本件事故による死傷の結果の発生との間には、相当因果関係が存在する。すなわち

(一)  法は対人殺傷、対物損傷の危険がありまたは公共の安全を害するおそれのある者に対して許可を与えないための基準を定めているが、その判断についての過失には当然対人殺傷、対物損傷の危険に対する「予測可能性」を包含する。

(二)  公安委員会が西野から銃砲を仮領置しなかったため本件事故が発生したものである。銃砲所持者に欠格事由があると疑われるときは安全を期するため許可の取消しを検討するまでの間、銃砲を仮領置すべき旨定められているがこの判断についての過失にも対人殺傷、対物損傷の危険に対する「予測可能性」を包含する。

一〇、原告らは本件死傷事件により次のとおり損害を受けた。

(一)  原告大内もと 金四、六一六、〇〇〇円

亡大内三千代の逸失利益 金二、一一六、〇〇〇円(事件当時二二歳であったが三〇歳まで働いたとして当時の年間収入金四八四、七〇〇円をもとにホフマン式計算により算出)

亡大内三千代の慰謝料 金二〇〇万円

右金額の損害賠償請求権をいずれも原告大内もとにおいて相続。

大内もとが母として受けるべき慰謝料 金五〇万円

(二)  原告井上サナ江 金六一六、八〇〇円

逸失利益 金一六、八〇〇円(減収した労務給七、五〇〇円、繁忙手当二、三〇〇円、夏期手当七、〇〇〇円の合計額)

慰謝料 金六〇万円

(三)  伊東礼子 金一〇万円(負傷による精神的衝撃に対する慰謝料)

一一、銃砲所持の許可および銃砲仮領置に関する事務は公権力の行使にあたるものであるところ、愛知県公安委員会の過失によって原告らに対し前記の損害を与えたものであるから、被告は国家賠償法一条一項によりその損害を賠償すべき責任がある。

よって原告大内は四、六一六、〇〇〇円、原告井上は六一六、八〇〇円、原告伊東は一〇万円の損害賠償金および右各金員に対する昭和四〇年二月一五日以降支払済に至るまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

第三、請求の原因に対する答弁

一、請求原因第一ないし五項は認める。

二、同第六項中西野が許可申請ないし許可の当時精神分裂病者でいわゆる欠格者であったとの主張は争い、そのは余は不知。

三、同第七項中(一)は認めるがその余は争う。

四、同第八項中欠格事由が存すると疑われるときは仮領置しうること、西野が名鉄神宮前駅の荷物一時預り所に銃を預けていたこと、仮領置しなかったことは認めるがその余は争う。

五、同第九項は争う。

六  同第一〇項中原告らが損害を受けたことは認めるが金額については争う。

第四、被告の主張

一、法にいわゆる精神病者とは、心神喪失の常況にある者をいい、「他人の生命もしくは財産または公共の安全を害するおそれがあると認めるにたりる相当な理由がある者」とは、暴力的犯罪性のある者を意味するものであるところ、西野は許可当時このいずれにも該当せず、また心神耗弱者でもなかった。

二、西野に対する銃砲所持許可の処理は次のとおり行なった。

(散弾銃の許可)

(一) 昭和三九年九月二八日西野が北警察署保安係兵頭巡査に許可申請書を提出し、主任天野部長が西野に面接して履歴の記載を求める。翌二九日に本籍地の警察署へ身許調査方依頼し、同年一〇月一四日西野を北警察署に呼び出し、銃の保管について事情聴取した。同月一五日本籍地警察署からの回答があった。同日天野部長が住居地である○区○○○○映画館○○○○に行き支配人安藤鉦作に、○区○○町の本社では社長旗健二、取締役成田俊三らから西野の勤務状況につき調査したところ本人は真面目で勤務に専念していることが認められた。

(二) 右調産の結果西野には欠格事由が認められなかったので許可することとし、同月一九日許可証を交付し、銃の確認に来るよう指示したところ、同日確認にきたので天野部長において確認し、必要な事項につき注意した。

(ライフル銃の許可)

(一) 昭和三九年一一月一九日西野が北警察署保安係へ許可申請書を提出したので、兵頭巡査、天野部長が尋ねたところ猪などを射ちに行くからと述べた。同月二七日西野を北警察署に呼び出し、申請の理由を質問し、運転免許証の呈示を求め確認した。同月三〇日天野部長があらためて居住地兼勤務先である○○○○に行き支配人安藤から本人の勤務状況を聞いたところ、入社以来真面目に勤務しており特異な点は認められなかった。

(二) 右調査の結果西野には欠格事由が認められなかったので、許可することとし、同年一二月一二日許可証を交付し、銃の確認を受けるよう指示したところ同月二二日確認にきたので兵頭巡査が確認し、必要な事項につき注意した。

三、西野に対する銃砲所持の許可にあたり調査その他事務の取扱いに過失はなかった。

(一)  生活の程度、転職の事情など深く立ち入ることは人権無視にもなり、それについて調査すべき義務もない。

(二)  本籍地照会は調査の参考するにすぎず、「法五条に該当しない者である」との回答をうのみにしたものではない。またライフル銃の所持許可にあたり本籍地照会をしなかったのは散弾銃の所持許可の際照会しており、その照会時とライフル銃所持許可との期間が近接していたので、改めて本籍地照会の必要を認めなかったからである。

(三)  西野は住込みで勤めていたので、その勤先の責任者たる会社の幹部など責任あるものから勤務状況を調査するのが通例であり、西野についても採用の際面接した者や、同じ所に勤めている支配人などから聴取したもので、事情聴取に不備な点はなかった。また同居していない両親や、離婚した妻から聞く必要はないし、そこまで求めるのは通常の調査を過ぎるものである。居住先、勤先の人からの事情聴取で、調査の義務を十分果たしている。

(四)  精神病者等の鑑別は専門的知識によらなければ困難であり、当時は診断書の添付も義務づけられていなかったので、通常、本人との面接、居住地、勤先への聞込みなどで判断していたものである。診断書あるいはこれに代わる資料を求めるのは当時としては義務ではなかったし、通常行なわれていなかった。したがって西村の場合にも通常やっていると同じ方法程度で調査しており、この点において通常要求される注意義務はつくしていた。

四、西野が名鉄神宮前駅の荷物一時預り所に銃を預けたからといって法一一条の取消事由には該当しないし、仮領置すべきものと認められなかったので同人に注意を与えたにとどめたのである。この一事をもって公安委員会に過失があるということはできない。

五、銃砲の所持許可にあたり本件事故の予測可能性はなく、本件許可と本件事故の発生との間には相当因果関係がない。西野は発作的に精神錯乱に陥り、本件事故を起こしたもので、許可の際には予想しえない異例の事情によるものである。また駅の荷物一時預り所に預けていた銃を仮領置しなかったことと本件事故との間にも相当因果関係はない。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、訴外西野がライフル銃を発砲して訴外大内三千代、原告井上サナ江、同伊東礼子らを死傷させたこと、右西野は右発砲事件当時精神病者であったこと、愛知県公安委員会は昭和三九年一〇月一九日右西野に散弾銃の所持を許可し、又同年一二月一二日同人にライフル銃の所持を許可したこと、右許可にあたり愛知県北警察署長は本人および住居先、勤務先について調査を行なったことはいずれも当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば西野は昭和三九年七月中旬○○県立大学付属病院において精神分裂病と診断されたことが認められるから、右事実と本件発砲事件当時西野が精神病者であった事実とを総合すれば、同人は右銃砲許可当時においても精神分裂病であったものと推定せられる。

二、愛知県公安委員会において右西野に銃砲所持の許可をするにあたり、調査に当った愛知県北警察署長に調査上の過失があったかどうかについて考察する。

≪証拠省略≫を総合すれば、西野が銃砲所持の許可申請をなした昭和三九年九月および一一月当時には許可申請書に精神病等に関する診断書の添付は義務づけられておらず、右許可にあたり調査の方法として通常用いられていたものは、本籍地への照会、住居地、勤務先における聞込み、本人との面接であり、右方法によって調査した結果、外見上異常が認められなければ、銃砲の所持を許可する取扱いであったことが認められる。

ところで、≪証拠省略≫を総合すれば、昭和三九年九月二八日西野から散弾銃の所持許可申請があった際には、受付の巡査兵頭金光が面接し、次に巡査部長天野照一が、西野が勤務先へ提出した履歴書を調査し、西野に面接し、同人の本籍地の警察署へ照会し、法第五条所定の欠格事由がないかどうかを調査したが、欠格事由を発見しなかったこと、昭和三九年一一月一九日西野からライフル銃所持許可申請があった際にも、右天野照一および兵頭金光が西野に面接したが、その応接態度、服装、言動等から何等通常人と異る点を発見しなかったことが、それぞれ認められる。担当警察官はライフル銃許可申請の際、改めて本籍地の警察署へ照会していないが、それは約二か月前に照会しているから、その必要がなかったものと解せられる。又右警察官は西野の前住所において、或は親、兄弟、離婚した妻について、西野の経歴、病歴等を調査していないが、右天野照一の証言によれば、本件銃砲の許可申請当時には特段の事情がない限り、そのような調査をしないことが一般の取扱いであったことが認められるから、担当警察官が右調査をしなかったとしても、調査義務違反ということはできない。してみれば北警察署長としては、本件銃砲許可について通常なすべき調査を尽したものというべきである。

そこで右調査により担当警察官において西野が精神病者であることを知り得たか否かについて案ずるに、≪証拠省略≫を総合すれば、西野が○○県立大学付属病院において診察を受けた昭和三九年七月当時、同人が精神病者であることを素人が認定することは困難であったことが認められ、又≪証拠省略≫によれば西野は本件発砲事件の直前まで通常人と同様の生活をしていたことが認められる。そうすれば本件銃砲所持許可の調査当時、担当警察官が西野が精神病者であることを発見し得なかったとしても、過失はないものというべきである。

三、西野が名鉄神宮前駅の荷物一時預り所へ銃を預けたことは当事者間に争いのないところであるが、右事実が銃砲を仮領置すべき事由とならないことは法第一一条の規定により明らかであるから、これをしなかったからといって、愛知県公安委員会に過失があるものとはいえない。

四、以上の理由により愛知県公安委員会に過失があることを前提とする本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本重美 裁判官 反町宏 清水正美)

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